2008年7月31日

ネコっかわいがり!感想

『ネコっかわいがり!応援中!
ネコっかわいがり!クリア。後日談も読んだ
悪趣味かつ神聖なものを目指していたんだろうけど楽園がクソつまんねえのと滑稽な思想でうんこだった。

この感想はトルゥー以外のストーリーがとてもつまらないということを前提とする。

アリスは銃で殺人を犯すには否定的であったが状況がそれを是としなかった。が、相手に撃たれ、自分の命が一人のものではなく全人類を背負うものだと悟って、銃を握る。
そして波が銃を手に取り敵を狙う場面で彼女は全人類の母には神聖な輝きを求めていたから、殺人の罪を負わせたくないとして銃口を曲げるのだ。彼女の偽善的エゴイズムにより全人類の希望が消えるという結末は必至かと思われた。
しかし、哀れな人類の末路が敵を打ち倒すという御都合主義の結末を迎える。彼らは波を御子とし、新たな生物の夜明けを祝すわけだが、そこに波をそれまで支えた人間たちのことは一切含まれていない。
アリスは自己犠牲に浸り親愛なる男を夢想しはかなき命の火を落とすが、彼女はただ波を新人類の元へ届けたにすぎない存在になってしまっているのだ。
ばかばかしいにも程がある。何のために生き、そして死ぬのか。あなたが愛した世界を、あなたがいないこの世界を私が守る、とアリスは言った。
彼女は守れなかった。
世界とは何か?疫病に冒され滅び行く人類は、繁栄を極めたものは必ず滅びるという盛者必衰の理を体現した存在にすぎなかったのか?新人類に埋め尽くされていいのか?それは護るということからはずれているんじゃないか?
というわけで不満たらたらであるが、トルゥーエンドではそれなり面白かったというか、それ以外が酷い出来なので緊迫に満ちた後半が光るのは当然のことだった。

トルゥーエンドへの道を山の頂上とするならば私たちはそこに至るまで平坦で代わり映えのないたんぼ道を、小さな発見に支えられながら足を止めることなく歩き続けなければならないのだ。いざ頂上に足を踏み入れたと思ったら急角度で展開するストーリーに私たちは唖然とし取り残されたように感じる。その頂きには達成感もなく、上り詰めた場所が広大な陸地に少しばかり隆起した丘であると知るのだ。

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