2009年12月14日

将棋:実戦なし。精神の弱さ

実戦していない。詰め将棋も解く気にならない今、将棋を指しても勝敗に一喜一憂するだけで、得るものがない、と思ったからだ。そんな感じで、じゃあ勉強しているのかと言われると、あまり…という感じである。

詰め将棋:やっていると、解けないことに焦りを感じるようになってきた。これはいけない。精神がおかしい予兆だ。こういう日に、対局中は手が読める、なんて都合良く出来てはいない。5手詰解けて当たり前、と思い始めてから詰め将棋がつまらなくなってきた。前は難しいと思っていた5手詰が解けて嬉しかったのだろう。これが過信という奴だろうか。

高速棋譜並べ:符号になれたりするのには有効かな、と思うが、しかしむちゃくちゃつまらない。それに腕が痛くなる。やる気が消えてきた。

定跡: 四間飛車破り【急戦編】は低級の俺には難しすぎる。「ここは有名な定跡手順」なんて流されても、いったいどういうこっちゃって感じだ。俺にはNHKの渡辺本の方が有用そうだ。
ホントに勝てる四間飛車は先崎の語りがうまく、四間やりたくなる。一通り盤に並べた。肝心の居飛車視点としては、駒損しても、美濃囲いが残っていて舟囲いがボロボロなら振り飛車楽勝というのがよく分かった。あと、2六桂打てればよい、みたいなことも新鮮だ。こういう手筋を集めた本は光速の寄せとかだろうか。何故か2巻だけ持っているので、1巻も欲しいな。
 横歩取りの定跡は一通り並べてみた。前は超急戦の一手のゆるみも許されない将棋がやりたかったが、今はそんなのより持久戦がやりたい。間違えるのが怖くなってきたのだろうか。うーん、この辺り俺の心理的な弱さが表れているように思う。

しばらく実戦から離れようと思う。勝負ごとにおける心の部分が俺は駄目過ぎるように思う。
あと、将棋に対して楽しい、という感情を抱く機会が少なくなってる。なんて言おうか、棋書に載っていることは完璧にこなせないといけない、なんて強制を感じるからだろうか。初めて将棋に触れた面白さ、というのが思い出せないのだ。好きなように指せばいい、と頭で分かっても、しかし勝ちたい・実力を上げたいのが人間の俺なのだ。間違うことを異様におそれているのかもしれない。
ここにきて精神性の弱さが露呈してきた。うーむ。継続は力なり。


1ヶ月で低級脱出、なんて目標だったが、レートは300を超えられない有様。うーん。
この目標が心理的負担になっているのか。しかし、かといって楽しければ良しと開き直り低級のままはあまりに愚か。この板挟みがつらい。中庸を求めてほどほどの勉強をベストとすべきか。現在は葛藤の末日に30分くらいしか勉強してないし。おいおいって感じだ。でもこれが現状。現状を認められず、しかし志だけは高く…。これってプレッシャーに押しつぶされる人間の典型例だな。うひゃあ。やってらんねえぜ。
解決方法は正しい現状認識。何が分かっていて、何が分からないのか。それを知らず、「勉強してるのに勝てん」とかいってちゃあ、いつまで経っても低級のままだろう。しかし、具体的にどうすればいいのか。
うーん。
寝よう。

0 件のコメント: