2010年1月24日

ナツノクモ レビュー

ナツノクモはネットゲームを題材とした心理カウンセリングのマンガで、全8巻で完結している。
篠房六郎は空談師の頃から知っていて、後に家政婦が黙殺も購入したくらい、気に入っていたマンガ家の一人。
ぼくにしては珍しく、1巻の発売から8巻の完結まで順を追って揃えたマンガでもある。

第一印象のインパクトはその後も根強く残るもので、ぼくの中のナツノクモはセキ編のことを意味している。セキ編こそナツノクモの目玉であり、最も完成度が高いエピソードだと思っている。しかし、セキ編は1巻で終わっている。全8巻のナツノクモ中の1巻だ。セキ編のみ独立していて、導入のような役割なのだが、それで十分にナツノクモにメッセージがあるのなら、伝えられているように思う。

冒頭、エンジン男に、廃人であるセキの仲間がロスト(アカウント消滅)させられる。
セキは受験に失敗し、引きこもりネトゲに熱中する廃人プレイヤー。父親との間に不和がある。主人公コイルも娘との間の関係が悪化している人物だ。二人して問題を抱えている。そんな二人が師弟関係を結び、コイルがセキを鍛えるようになる。
コイルは心理カウンセリングを受けている。そして、二人の修行の合間に交わされるコイルとカウンセラーの会話・セキと仲間の会話…それらが積み重なり、とうとうラスト、セキはエンジン男にロストさせられ、ネトゲの世界から消滅する。
エンジン男は、主人公コイルが操るもう一人のキャラクターで、カウンセラーの依頼によって、廃人プレイヤーをロストさせる仕事をしている。コイルは弟子であるセキをロストさせなければいけないと分かっていたのだ。セキはそのことを知らない。
エピローグで、セキが不和があった父親のところへ顔を出したことが語られる。

残念ながら、セキという人物の魅力はない。ナツノクモ作中の人物は他人に依存する傾向がある。奉仕することに喜びを感じ、それで自己を満たそうとしている。セキはステロタイプな廃人でしかない。ではセキ編の魅力はどこか、それはセキがロストする過程のカタルシスにある。セキとコイルの修行、コイルとカウンセラーの間に交わされるセラピーの内容や、心理療法・セキの過去・コイルの過去が次第に明らかになり、追い詰められ錯乱するセキに対し、最後の最後、エンジン男との強烈な出会いが待ち受ける。そしてロスト。エピローグで余韻もあって良い。見事な起承転結だ。

残り7巻の動物園編は、暴走したオンラインセラピーの末路と、内部・人物描写である。セキ編での伏線の通り、暴走したプレイヤーの身勝手から、多くの不幸が生まれるのである。破綻することが分かっている蜘蛛の糸のように細い結びつき(上手いこと言おうとしているのではなく、作中でもこういう表現があったと思う)の人間関係を、どうにかつなぎ止めようとする儚き努力である。

ぼくは動物園編は、作中の人物の多さ、無駄な戦闘描写(これははっきり無駄と言える。本作に戦闘はこんなに必要ない。タダでさえ人物関係が複雑な本作に戦闘も交わり、ますます複雑になっている)、なにより腹が立つ人物造形が気に入らず、あまり楽しめていない。物語の構造としても、謎が多すぎて、目先の戦闘での惑わしによってさらに訳が分からなくなっている。

ナツノクモは8巻で完結しているが、打ち切りだと思われる終わり方をしている。物語は、最大の危機を前にして終わるのだ。8巻を読了して、第一にぼくは、これは打ち切りになるわなあ、と納得した。8巻は動物園の過去内部事情に踏み込んだもので、作中最も腹が立つ人物と最も複雑な人間関係で構成され、どうみても誰が喜ぶのか不明なのだ。ただただ傷ついた人物が互いに傷つけ合うのを見ているのは苦痛だ。まあ、動物園編全般が、悟り顔をした人物(ミカオ・姉御)と傷ついた人物に対して説教したり、傷つけ合ったりで、全く面白みが見いだせないが。

いろいろ書いたが、正直なところナツノクモは面白くない。篠房と言えば紙面の半分がセリフで埋まるほどの大量のセリフが特徴だと思うが、その調子で内心の毒と、それに対する説教を読み続けるのは苦痛だ。
では何故ナツノクモを買い続けたのか。セキ編が面白かったのと、登場人物への鬱憤を解消する話しがいつかあるのかも、と思っていたからかもしれない。

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