2010年1月26日

TAGROについて


マンガレビューサイトでマフィアとルアーのレビューを読んだのが、TAGROとの出会いだったと思う。結構前なので正確には覚えていないが、マフィアとルアーの表現方法が絶賛されていて、雲の表現が秀逸と書かれていた。読んでみたくなった。
だが、TAGROのマンガはさっぱり書店では並んでいない。マイナーな作家なのだ。ラブひなの赤松と同期で、赤松の成功と比較されているのを良く目にした。
しばらくして、やっとTAGROのマンガが手に入った。マフィアとルアーではなく、サルガッ荘というスペースオペラのマンガだ。可愛い絵柄で内容はダーク。マニアックなパロディが随所に仕込まれた作品。正にマニア受けしそうだな、と思った。
 サルガッ荘自体は特別、面白くない、と私は思った。登場人物の閉塞感、ラブコメの中にある暗い精神性。それらが醸し出されると、なんだか白けてしまうのだ。
女性作家にありがちな愛やらなんやらの自己愛性や自己犠牲の精神、つっぱねてしまう精神、そういったどろどろしたものが、サルガッ荘からふっと匂う。でも概ねサルガッ荘はコメディだった。私はコメディが好きなので、実のところ、結構楽しめた。

 ほとんど書店に出回らなかったサルガッ荘の5巻が発売されたが、そんなの知らず、TAGROが頭から完全に消えかけた頃、マフィアとルアーを見つけた。
マフィアとルアーは、サルガッ荘で控えめに、しかし確実に描写された精神を、メインテーマとしていた。同人誌に収録されたという作品はずいぶんと乱暴で未完成であったが、それだけに、そこに書かれたものは鋭い力を持っていた。
表題作マフィアとルアーは、さまざまな漫画レビューサイトで絶賛させられていた。主にその演出のすばらしさが、である。確かに、私もこの作品の演出には感嘆した。全てがそうあるべきかのように収束した完成品だった。
だが、ここでも私は心から作品を楽しめなかった。理由は簡単で、作品内の出来事と私の体験とがあまりにかけ離れ、かつマフィアとルアーは感情をさらっと流すように描写するので、感情移入ができなかったし、その感情を理解するのも難しかったからだ。

その後、変態生理ゼミナールという短編集を読んだりしたが、私の中でTAGROはまたもや、忘れられていた。
そんな中、変ゼミという漫画を見つけた。変態生理ゼミナールの続き物だ。読んでみたが、やはり微妙だった。
面白い部分と、私がさっぱり興味がない部分とがあって、蒔子と田口の共依存の話しなど完全にいらない部分と感じる。
変ゼミは、結局のところラブ主体のコメディだった。恋愛話は面白くない。ギャグも浮ついているように思ってしまう。マフィアとルアーのような、演出の良さも、特に見られなかった。TAGROの特徴である、かなり寒いギャグも変ゼミでは連発されている。作者ネタも多い。この辺りも嫌だ。
今日、サルガッ荘が復刻されたと知って驚いた。ついでに、変ゼミ3とファウスト連載の変なマンガを集めた短編終も同じ発売らしい。TAGROも有名になるんだな、と私は驚いたのだった。

TAGROのマンガの表現方法は絵も含めて、とても気に入っている。が、そのテーマ・精神は、あまり理解できないものがほとんど。私にとってのTAGROは絵と演出を見る作家だった。

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