2010年3月9日

将棋:将棋中止

■将棋は格ゲーの代わりにならない
将棋を指すきっかけは、格ゲーの代わりとなる勝負ごとを求めてであった。
その本題の勝負、というものを楽しむことが僕にはなかなか難しいようである。
僕は負けるのが嫌で、負けたくない気持ちばかりで指すことが多い。
適当では勝てない。勝負ごとは、負けるのが嫌なのでは気軽に楽しめないのである。

そして、何より重要なのが、僕はそんなに将棋が好き、というわけではないようなのだ。
格ゲーに関しては、本当に大好きなのだ。これは理屈ではなく、感覚で理解できるもので、僕の感覚では将棋を心底好きと言えないということに気がついた。
過去を振り返ってみると、自分に対して将棋を好きになれという暗示をかけていたように思う。

そうすると、僕は格ゲーに勝負ごとの要素を求めているのではなく、キャラクターを自由に動かす楽しさ等に魅力を感じていることになる。適当にプレイしては勝てないのは格ゲーも同じであるが、格ゲーはそれでも、格ゲー自体が大好きだった。
格ゲーに勝負ごとの要素を求めていないのであるならば、将棋が格ゲーの代わりとなるわけはなかったのだ。

■将棋やめる
そんなわけで、将棋はやめようと思う。将棋を好きになれという暗示に似たもの、勝ちたいという欲求とそれより強い負けたくない気持ち。勝負することでのつらさ、費やす時間など考えると将棋から離れたい気持ちが強くなった。
将棋を指している時間より、2chを見ていた時間が遙かに長いので、将棋板を見ることもやめる(ここが問題なんじゃないか?…やっぱりここだよなあ)
来期A級の藤井先生の行方など、気になる部分も多いが、そこは我慢。
棋書は…もったいないから、読むかな?詰め将棋とかは楽しめる。覚えるようなものは駄目だな…。

さっき指して、R300になった。R314から負けて下がった。
ちなみに戦型は端角中飛車。対応を間違って不利になるが、なんとか受けきって局面を落ち着けるも、第2次段階の駒組みでもミスして、最後、決定的な角金交換にしかならない角打ちをして負け。
受けきって局面が落ち着いてから第2次段階の駒組みをするのは初めてのことだった。
自陣に好きを作らない右玉チックな将棋の気分を味わうことが出来た。
■追記
たぶん、僕が将棋ときちんと向き合えば心の底から楽しむことも十分に出来たことと思う。
問題なのは、相手に勝ちたいという気持ちが先行して、将棋自体を楽しむことをやめ、強くなることを度外視してただ、その場限りでの勝ちを求めるような指し方をしてしまったところにある。
これは将棋に限ったことではなく、物事との向き合い方の問題なのだ(将棋以外、格ゲーもこういう付きあい方だったから、上達は止まってしまった。しかし、格ゲーはキャラクターが好きだし、動かすのも好きだった。ここが将棋と違うところだ)。
そこで、見直したとき、僕は、きちんと向き合うものは将棋ではなく、他にある、と思ったのだ。