2011年1月26日

将棋と伊藤計劃

伊藤計劃「虐殺器官」「ハーモニー」読了。




どちらも良かったが、とくにハーモニーは傑作。

ラストの結末、全ての人類が意思・意識を手放した完璧なハーモニーな社会。恍惚だけがある完璧な調和。それは今の俺が求めていたことだった。苦悩も不安なく、ただそこに在るだけ…完璧な人間だ。
もちろん、ストレートに賞賛できることではないが、俺が漠然と求めていたことが小説の中で達成されたことが驚きだった。
人間の健康が保障され、他者への盲目的信頼が情報開示によって実現し周囲に求められている「空気」を持つ社会。良い国じゃないか。真綿で首を絞められるような心地もするだろう。そこに個人の意思はなく、同調を求められる。規範に体を合わせよ、とのことだ。辛い気持ちすることだろう。
しかし、他者の信頼は何よりも嬉しいことじゃないのだろうか。俺が孤独だから、人肌を求める人間だから思うことなのかもしれない。


しかし、意識・意思は欲求と報酬による選択と葛藤のことである、というのが納得いかず疑問が残った。単に俺が無知なのか、良く読んでないのか、しかしこれが思考をも説明できるとは考えにくい。
後、なんでミァハをトァンが撃ったのか、というのも急に感じられた。
ミァハがロシア軍の性奴隷というのはきつかった。「今、そこにいる僕」のサラを思い出した。


伊藤計劃の本を手に取った理由は、この本が平積みされていたのと、特徴的な装丁・タイトルだったことも大きく関係しているが、俺の心を動かした決定的な要素は作者が亡くなっているという情報だった。
死は人を評価対象として捉える際に最も肯定的評価を与える条件である。多くの画家は死ぬまで評価されない。嫉妬の炎が狂うのだ。
俺も御多分に洩れずその情報に引かれた。今となっては、作者の、次の本がもう永遠にでない寂しさを思っている。肺がん…俺の祖父と同じ死因だ。俺も、なりやすいのだろう。もう気胸に何度もなってるしね。

将棋
サブIDが8級で13勝2敗。メインは10級でR600ぐらい。
使用している戦法。
対振り:玉頭位取り・穴熊の持久戦策。相手が変な駒組みだったときは急戦。
相居飛車:横歩模様の時は横歩とらないでひねり飛車。相矢倉は矢倉中飛車か右玉。
振り飛車:基本振り穴で相穴になればいいなーと思いながら指すが、なかなかならない。
振り穴を指したので、堅い玉形でさばいて勝つ楽しさを味わえた。手を殺して徐々に優位をひろげるより爽快感ある。
将棋を指していると、辛いことも忘れられる。すごい。でも勝てなかったりひどい読み抜けがあると腹立つ。あはは。


玉頭位取りメモ:86歩は高美濃の26歩と同じで玉が広くなる。しかし85歩は将来86に駒を打たれるのが痛い。角がいなくなるとその空間に利きがなにもない。メリットは自分からそこに桂馬、香車を打つと攻防にとても良く働くこと。玉頭位取りの辛いところは、金銀を剥がされると、伸びた歩の裏側を攻められて、非常に受けにくくなるところ。長所は美濃囲いの急所の74歩を一手で突けるところ。銀冠なら85歩同歩84歩の銀頭の叩きがある。一気に寄り形にもっていける。玉が広いのも良い。しばらく上部でがんばれる。広く手厚く攻撃力がある囲い。

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